茶道の歴史⑥ 茶道が男から女のたしなみに変わった時代(明治~大正時代)

茶道の歴史に女性はいない?

今の若い世代の人達に、「茶道と言えば女性と男性どちらのイメージが強い?」と聞けば、女性と答える人は圧倒的に多いのではないでしょうか。
実際に、茶道教室や茶会に参加する男女比も、今は女性の方が多い事でしょう。
巷に流れる茶道教室の案内を見ても、「女子力を上げるための習い事」として捉えられていることが多く、自分磨きの一環として仕事の後に茶道を習う女性は多いものです。
また、学校の茶道部でも女性の所属率が圧倒的に多いのが現状です。
こうした事もあり、茶道は女性のもの、昔であれば花嫁修業の習い事というイメージを持っている人は多いと思います。
しかし、実は茶道とは男性が主として築き上げられた文化なのです。

歴史上の茶人を挙げてみると分かりやすいでしょう。
茶道の祖である村田珠光や武野紹鴎、千利休を始めとして、階級の垣根を越えて庶民にも広まった江戸時代の茶人を見ても、吉田織部や片桐石州、小堀遠州など男性茶人ばかりが名を残し、女性が全くいない事に気づくのではないでしょうか。
これは、茶道とはもともと男性社会の文化であり、男性同士の中で育ち、発展してきたものだからです。
意外に思われるかもしれませんが、特に女性のイメージの強い生け花の世界も同様なのです。

このように、古くから育まれた文化には、女性ではなく男性によって受け継がれてきたものばかりなのです。
今でこそ男女の差はほとんどなくなってきていますので、男性社会、男性文化というイメージは消えつつありますが、日本の歴史の中ではまだまだ女性の歴史は浅いのです。

茶道の世界で女性の歴史は浅い

では、茶道の世界において女性が参加できるようになったのはいつからなのでしょう?
正確には分かっていませんが、茶道が庶民にも広まっていった、江戸時代中頃から後半にかけてと言われています。
そして明治時代に入ると、学校では女性の教養科目として茶道が組み込まれるようになり、美しい着物を着付け、女性が行う華やかな茶会の文化が広まり始めたのです。
茶道の歴史は鎌倉時代や室町時代から始まっていますが、女性が参加し始めたのはごく最近のことなのです。
また、女性が茶道の世界に進出したといっても、同時は男女に違いがあるのは当然で、例えば表千家には男点前と女点前といって、男女で点前が違うのです。
さらに、明治時代に教養科目として組み込まれた茶道では、「女性は控えめで目立たないこと」が基本とされていて、女性は男性を立てる存在である事を学ぶための茶道であったのです。
女性が茶道を学んでいくのであれば、こうした時代背景は理解した上で学ぶことが大切です。

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